家族の認知症に気づくには- 手段的日常生活動作にも着目する

まとめ

・もの忘れは認知症の初期症状であることが「多い」。逆にもの忘れだけに着目すると、一定割合の初期認知症を常に見逃す。

・もの忘れ以外の認知症の初期症状として、手段的日常生活動作 (IADL) の障害が挙げられる。

・手段的日常生活動作 (IADL) は、やや高度な脳機能である。

・手段的日常生活動作 (IADL) 障害は、取り繕い現象により発見されにくい。「できない」ではなく「しなくなった」に着目して発見する。

・手段的日常生活動作 (IADL) 障害の具体例を挙げる。

初めに - 家族の認知症の初期症状を発見し、早期の治療に結びつけるには

別投稿で以下を示しました。

認知症の初発症状は必ずしも、もの忘れに限らない
以前はできていた○○ができなくなった、という症状は全て認知症を疑う理由になり得る


また、以下も示しました。

軽度認知障害(MCI)は、早期に介入することで認知症への移行を予防しうる
認知症の場合、進行抑制効果は早期介入した場合に最大化される


一方、認知症の方は自覚症状が無い(自分は○○ができなくなった、という感覚が無い)ことがあります

従って、家族など近くにいる人が認知症の初期症状に気づいてあげなければなりません。

では、家族はもの忘れ以外の、どのような症状に気を付ければ良いのでしょうか? 以下で説明します。

「できなくなる」には種類がある - ADL と IADL

我々が日常的に行っている行動は以下の二つに分類されます。

日常生活動作 (ADL) : 食事をとる・排泄・入浴など
手段的日常生活動作 (IADL) : 電話をかける・買い物に行く・バスに乗って出かける・調理をする

脳の機能的に、手段的日常生活動作 (IADL)は日常生活動作 (ADL)よりも高度な処理を行っています。

「できなくなる」は IADL が先、ADL が後

認知症は「一度正常に獲得された脳機能が後天的に徐々に失われていく病気」ですから、当然に高度な脳機能から失われます。

従って、手段的日常生活動作 (IADL) は 日常生活動作 (ADL) よりも先に失われます。
2つほど例を挙げます。1→2→3と番号が大きくなるにつれて、重症度が上がっています。


  1. 自分で調理ができなくなる (IADL 障害). しかし、目の前にある食事を摂ることはできる (ADL は保たれている)
  2. 目の前に食事を並べられても食べなくなる (ADL 障害)
  3. 口の中に食べ物を運んでもらっても、かみ砕いたり飲み込んだりしなくなる (さらに ADL 障害が進んだ)

  1. 気候にあった服装ができない(IADL 障害). しかし前日と同じ服装をしようとすると、下着→洋服と正しい順序で着衣できる(ADL は保たれている)
  2. 洋服の上に下着を着けたりと、正しく着衣ができない (ADL 障害)
  3. 促されないと着衣しない (さらに ADL 障害が進んだ)

初期段階(= IADL障害のみ) では、取り繕いが成立する。「しなくなった」に見える

上記のように IADL 障害のみが成立し、ADL 障害がまだ無い状態は、認知症の初期段階を考えなければなりません。

この状態では患者さん本人は「○○がわからないから△△ができない」と論理的な説明はできません。しかしながら、「なんとなく前と違うな」とか「ちょっと変だな」と感じていたりはします。

一方、脳は一度獲得した脳機能が失われることを想定していません。よって、自動的に取り繕い現象が発生します。取り繕い現象は一見論理的な言動に見えたりします。


バスの時間を調べ、バス停で待機して予定時間に目的地に到着する、という一連の計画が立てられない

→ いつもタクシーで外出する。問われると「膝が痛いので」と答える

日時を尋ねられたときにわからない

→ 「退職後は毎日が日曜日だからわからない」と答える

買い物に行ったときに、1972円の支払いに2072円の現金を出すことが合理的だと判断できない

→ 毎回1万円札で支払いをする。その場の会計は問題なく終了するが、家には小銭が山のようにたまっている。


従って、家族は認知症の初期症状に気づくためには、「○○できなくなった」ではなく「○○しなくなった」に着目する必要があります。「できなくなった」にだけ注目していると、発見が遅れます。

上記の例は次に着目することになります。

バスを利用「しなくなった」
日時を気に「しなくなった」
小銭を消費「しなくなった」

 初期症状は 「できなくなった」ではなく、「しなくなった」に見える。

取り繕いには悪意は(そして善意も)無い
取り繕い現象は上記のように、脳機能として自動的に発生するものです。
従って下記のような悪意の結果と捉えるのは間違いです。
・子供の前で見栄を張っている。
・病院に行くのが怖いから、健康なふりをしている。
逆に、(残念ながら) 下記のような善意の結果と捉えるのも間違いということになってしまいます。
・子供に心配をかけたくないから気丈に振る舞っている。
科学的には症状の一部です。気持ちの問題と捉えずに受診に繋げて下さい。

手段的日常生活動作 (IADL) 障害の具体例

いくつか認知症の初期段階でみられる IADL 障害の具体例を挙げます。括弧内は初期症状のため一見正常に見える部分を挙げます。

電話をかけられない. (着信に対しては正常に反応できる)

買い物で小銭の消費ができない. (日用品を持ち帰るという目的自体は達成)

公共交通機関を利用した外出ができない. (タクシーや徒歩による外出は可能)

複雑な料理が作れない. (いつもうどんを食べている. あるいは店屋物を買ってきて食べるようになった)

洗濯機が使えなくなった. (下着を使い捨てにしており、一見整容が保たれている)

掃除機が使えなくなった. (使わない物をわきによけて、生活スペースは確保している)

決まった時間に薬を飲むことができなくなった. (毎月○日など受診日は把握しているので、通院は可能. ただし主治医が怖いと「薬は飲んでいるので無くなった」と言ってしまう)

繰り返しになりますが、「できない」は「しない」に見えますので注意が必要です。

医師はどのように上記症状に気づくのか
・家族から IADL 障害のエピソードを診察時に伝えて頂ければ、認知症の存在に気づけます。 (従って、本投稿の内容を家族が理解しているのが前提となります。)
・家族からの情報が無い場合、定期的に受診している患者さんに対しては外来での雑談の中で、会話の論理性が失われことを把握したり、生活リズムの変化を把握したりして、気づくことがあります。
・内科医なので、生活習慣病のコントロールが急激に悪化する場合 (血圧の薬をきちんと飲んでおらず、血圧が急上昇する. あるいは 血糖値が急上昇する. など) に気づくことがかなりあります。
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